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Aストーリーズ 憲法前文を書いた男 ハッシー(3)

 1946年2月上旬、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は、占領下の日本政府に示す新憲法案を作ろうと急いでいた。

 最高司令官マッカーサーが示した三原則の一つは「戦争廃止」だった。こう記されていた。

 「紛争解決の手段としても、自身の安全を保つ手段としてさえも、日本は戦争を放棄する。日本はその防衛と保護を、いま世界に広まるより高い理想に委ねる」

 自衛のための戦争さえ放棄する。マッカーサーの示した原則は、そこまで踏み込んでいた。

Aストーリーズ「憲法前文を書いた男 ハッシー」

日本国憲法の制定に深く関わった、ハッシーという米国人がいた。前文の原案を書き、平和への理念を託した。残された膨大な資料から足跡をたどり、公布80年のいま、彼が描いた平和のかたちから日本の針路を見つめ直す。

  • 【前回はこちら】「100年はかかる」憲法前文めぐりGHQ内でぶつかった理想と現実

 前文を担当したハッシーは、どのようにこの原則を盛り込もうとしたのか。手がかりは、彼が残した2枚の草稿の2枚目にある。

 最初の段落は、いまの憲法9条に近い戦争放棄の文言からなる。そして、次の段落に「日本国民」が国際協調によって平和を実現しようとする構想が記されている。

 戦争放棄と前文の要素が、当初は一つながりの文章になっていた。

 ところが、2枚目には重要な書き込みがある。戦争放棄を表明する最初の段落を「1条」として切り出すことが、矢印などで示されている。

写真・図版
ハッシーが残したGHQ案の文書。日本国憲法の前文と9条にあたる内容が混然と記されている=国会図書館所蔵

 GHQ案では、実際にその段落が独立の条項となり、前文では2枚目の残りが1枚目とつながった。その後、「天皇」を第1章とすることにしたため、戦争放棄の条項はGHQ案で8条に移り、いまの憲法の9条につながる。

写真・図版

 「日本国民」が戦争を放棄し、戦力を持たなくても世界の中で生きていくために、他国も力に訴えることがないよう国際協調を率先する。いまの憲法で平和主義と呼ばれるこうした構想が、GHQ案の段階からあった。

 戦争放棄の条項は、そもそも誰が書いたのか。

 ハッシーが残した草稿を見れば、彼自身が書いたように見える。ところが、ハッシーの文書を日本に紹介した防衛大学校名誉教授の犬丸秀雄は別の説を唱えた。

​記事末尾で、日本国憲法の制定過程を描いたドラマ本編(約12分)と当時のマッカーサーの執務室の3D映像がご覧いただけます

 80年代の初め、犬丸がケー…

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